[2] 外科初診 〜 手術
9月29日が外科の初診でした。
とても混んでいて、特に乳腺外科は2〜4時間待ちという状態です。
乳腺外科の先生は、先日の検査結果を見ながら、
「乳がんということを前提に、検査と手術の日程を組んでいきましょう。
確実な結果を出すためにもう一度細胞診をやります。」
エッ、あのものすごく痛い細胞診をもう一度?!………イヤだなぁ…
(10月1日に細胞診)
超音波検査(+細胞診)・MRI検査・CT検査(胸部)・CT検査(腹部)・核医学検査・
マンモグラフィ(乳房専用レントゲン)・胸部レントゲン・血液検査etc...
いろいろな検査で手術までの日々はほとんど埋められていきました。
入院までは毎日を楽しく過ごしたいと思い、
自然の中で美味しい空気をいっぱい吸いながら、素敵な景色を見て歩きました。
「わ〜♪ おぉ〜っ!」と、心から喜べるようなことをして過ごしました。
少しでも自分の時間を持てるようになった今だからできたことです。
(今まではお姑さんに伺いながら行動することがほとんどでしたから。)
紅葉が始まる頃だったので、毎日忙しく(?)出て歩いていました。
ある日、那須の沼ッ原湿原から麦飯坂というところへ、
出会うとすれば熊だけ…!?、というような静かなところを歩きました。
この沢で熱いコーヒーを淹れて飲みました。
紐につかまってこの丸太を渡るのですが、
流れが速いのでスリル満点でした。
この沢を渡りきったところの道標に「三斗小屋まで4.2km」とありました。
結構歩いてきたのにこれから4.2km?!
力が抜けてしまい、諦めて引き返すことにしました。
帰りはだらだらと続く、長い長〜い上り坂です。
歩いているうちに急にポロポロと涙が出てきました。
子供の頃から今までのこと、
戸惑うばかりのパートナーや、心配そうな子供たちのことetc...
いろいろなことが思い浮かんできて…
今まで胸につかえていたものが涙となって、堰を切ったように溢れでてきました。
こんなに思いっきり泣くなんて何十年ぶりでしょう。
泣いたらとてもすっきりとして、なにかが吹っ切れたように感じました。
そして次の日も奥日光の小田代ヶ原を歩きました。
葉がこんなに色づいていました。
「この黄葉を来年も見たい!」と思った途端、また涙がこみ上げてきました。
これからようやく自分の時間が持てるというときに病気になって…
この行き場のない悔しさ、切なさが目から溢れだしました。
この2日間の涙が、これから前向きに生きていく力を与えてくれたように思います。
その後も入院の日まで彼方此方の紅葉を見に出かけました。
空も、山も、木も、何もかもが優しく包み込んでくれているようでした。
「生きていたい!」心からそう思いました。
10月30日が手術日だったので、前日の29日に入院しました。
手術法は「乳房温存術・リンパ節郭清」です。
子供たちと其々のパートナー、みんなに見送られながら手術室へ。
部屋に戻ったときには、一番下の子も、授業終了後来てくれてました。
みんなの思いが伝わってきて、ありがたさをしみじみと感じました。
術後、何度も吐き気に襲われましたが、それも2・3日で消えました。
手術の翌日、歯を磨いているときに急に胸がジーンとしてきました。
「いつも通りのことができる…、今までと同じように…。」
歯磨きでこんなふうに感じるなんて、自分でも思ってもみなかったことでした。
ありがとう! すべての人、すべてのものに感謝の気持ちでいっぱいでした。
食事は普通食が出て、リハビリも始めます。
病人、病人した入院生活ではないのです。
ドレーンバッグの廃液の量が少なくなれば退院です。
↓
(体内の手術創から、血液やリンパ液がたまらないように、
廃液を体外に排出する真空のプラスチックバッグ)
個人差はありますが5〜7日で外されます。
11月4日の段階ではまだ少し多めでしたが、次の日の退院をお願いしてみました。
先生も「まぁこのくらいだったら大丈夫でしょう。」と許可が下りました。
ということで11月5日に退院。(抜糸は後日外来で)